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2011年3月13日 (日)

東日本大震災、上野で被災し帰宅難民に(画像あり)

3月11日14時25分頃、上野(稲荷町)のマクドナルドで昼食をとっていた時に、地震が発生。立っていられないほどの揺れでした。

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後に「東日本大震災」(東北地方太平洋沖地震、東北関東大地震)と名づけられることになる地震ですが、この時点ではその災害規模が明らかになっておらず、「結構揺れたな」という程度の感想。路上に出てきている人の表情もそれほど深刻ではありません。

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ヘルメットを被ってはいるものの、笑みを浮かべながら世間話をするなど、地震は既に終わったという気持ちがうかがえます。

自分は人形町へ行く用事があったので地下鉄へ。

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立ち入り禁止。改札を通れないどころか、「地下通路自体から退去し、上野公園へ避難してください」との指示。訪問先に携帯電話で連絡をしようにもつながらず、公衆電話は長蛇の列。携帯電話がつながらなくても固定電話ではつながるというケースがあるので、公衆電話に人が殺到します。

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仕方がないのでJR線の上野駅に行くも、電車は全て調整中。改札も通してもらえず、駅から出ることのみ可能となっていました。

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JR側の公衆電話も長蛇の列。自分も公衆電話を使って電話を掛けましたが、家も訪問先も電話が全くつながらず。並ぶ→電話をかける→つながらずの繰り返しで時間だけが過ぎてゆきます。

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上野駅前のヨドバシカメラは臨時休業。

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ただ、災害時に必要となるラジオ、懐中電灯、電池などの販売は行っていました。

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上野駅にいたとき、「アメ横はガラスが散乱。救急隊が出動した」という噂を聞いたのですが、アメ横は目立った被害はなし。店員は、「非常食! 非常食!」と叫びながら食物を売っていました。

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避難しろと言われた上野公園へ。

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電車の復旧予定を聞くために再び上野駅へ移動。時刻は17時過ぎでしたが、この頃から駅周辺の商業施設が次々に臨時休業に入りました。

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乗客の完全退去が終了したのか、駅構内に人影はありません。

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崩落の危険性があるということで、シャッターを閉めて完全にシャットアウトです。毎度ながら、罵声を浴びせられる駅員に同情します。

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駅から締め出され、近隣の商業施設はほとんどが臨時休業。バスもタクシーも人が殺到していますし、自分の家はバスやタクシーで行けるような(支払えるような)距離ではないので、行くあてがなくなります。

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どうしようか困っていたところ、東京文化会館という施設を発見。

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帰宅難民の受け入れをしているようなので施設内に避難しました。暖房が効いているので非常に助かりました。

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施設内の各所に臨時でテレビを設置。ここで初めて災害状況を映像で見ました。岩手の津波、宮城の火災など被害の甚大さ、その後も各地で頻発する強度の地震に、日本はどうなるんだろうという不安。

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椅子を確保できた人や地べたに座り込む人など様々。小ホール、大ホール、レストランスペースなどほぼすべてのエリアが、帰宅できない人のために開放されました。

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12日。JR線が復旧したというので駅に向かったのですが、流入規制で改札を通れず立ち往生。電車は復旧しているものの、1時間待っても改札は封鎖されたまま。何のアナウンスもなく待たされることに切れる乗客。それに対して切れる駅員。非常に殺伐としていたので、一旦駅を出て朝食を取ることにしました。

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上野駅周辺で店を探したのですが、コンビニは商品が完売。24時間営業の飲食店は、臨時休業か食材切れで閉鎖中。稲荷町駅のそばにあるすき屋が営業していたのでそこで食事をしました(メニューは牛丼の並、大盛りのみ)。

しかし、震災時というのは人間性が顕著に出ますね。椅子が足りない状況なのに椅子を1人で2つ使用して休む人、ゴミを散らかし放題にしたままその場を去る人、梱包されているパンフレットの束を勝手に持ち出してベッドを作って寝る人、食料を買い占める人など、顔面にパンチを叩きこんでやろうかしらんと思う人が多数いました。

その一方で、困っている人を快く受け入れ、災害の状況などを逐一アナウンスしてくれた東京文化会館の職員、遠足で上野に来ていた幼稚園児と引率の先生のために毛布や安全に眠れるスペースを用意してくれたレストランエリアの職員など、他人を気遣える人たちもいました。
彼らだって家や家族の状況が心配でたまらなかったであろうに、それをおくびにも感じさせず、避難してくる人のために行動するというのは素晴らしいです。賛辞を贈りたいですね。

東京文化会館
http://www.t-bunka.jp/

それにしても、都内で災害にあった時は手持ちのお金(特に小銭)がないと何もできませんね。災害時用の自動販売機(緊急信号を受け取ると無料になる自販機)も整備されていないので水分を補給できませんし、公衆電話すら使えません。

バス、タクシー、電車といった移動手段、飲食物すべてにおいて先立つものが必要。大人はいいですが、まとまったお金を持ち歩かない子どもや高齢者にとっては非常に厳しいんじゃないでしょうか。

大規模災害が発生した場合は、商売そっちのけで無料での提供という体制の整備も必要じゃないかなと感じました。また、携帯電話が全くあてにできないので、固定電話の必要性を強く感じました。公衆電話のない地域は、企業が事業所の電話を開放するなどの取り組みがあるとうれしいですね。

関係ないのですが、自分の部屋は本棚が全損。「お値段以上ニトリ」というよりも「お値段並みのニトリ」ですね。

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コメント

読売新聞記者です。3・11の時、携帯電話がつながらないので、公衆電話の長蛇の列に何度も並んだという体験談を探していました。もしよろしければ、お話聞かせていただけませんか。

投稿: 読売新聞 | 2012年2月16日 (木) 16時00分

はじめまして。

お話しできるようなエピソードはあまりないのですが(1年前のことですし記憶も薄れつつあります)、メモ(および時刻のわかる画像データ)が残っていたのでそれを元に書きます。参考になれば幸いです。

【上から5番目の画像】(3月11日16時7分撮影)
地下鉄日比谷線の改札横にある公衆電話の列(たしか公衆電話は2台)に並ぶも、全く列が進まず10数人が待つ状態だったので、JR上野駅中央改札横の公衆電話へと移動。

【上から7番目の画像】(3月11日16時11分撮影)
JR上野駅中央改札横の公衆電話(4台程度設置)に並ぶも列が進まないため、公衆電話での連絡を諦め一旦上野公園へ避難。

【その後:16時50分頃】
16時50分頃に、地下鉄の改札口へと移動(最初に訪れた改札とは別の改札)。
ほとんど人が並んでいない穴場の公衆電話(2台設置)を発見。並んでいる人数が自分を含めて3人程度だったためここで初めて公衆電話を利用することに成功。

【公衆電話の利用その1】
訪問予定先の企業に電話。呼び出し音が鳴り続ける(1~2分程度だったか?)も誰も出ず。
自宅および家族の携帯電話に電話するも、同じく呼び出し音が鳴り続ける(1~2分程度だったか?)だけで誰も出ず。
後ろに並んでいる人のために電話を諦め、再び列に並ぶ。

【公衆電話の利用その2】
その1と同じ状況。電話をかけて呼び出しするも誰も出ず、諦め再び列に並ぶ。

【他の利用者との会話1】
「呼び出し音はなるものの相手が出ない」という会話をしている人(2人連れ)がいたため、「自分も同じ状況」と会話。電話が故障しているのではないかと話す。
その際もう一台の公衆電話を利用していたサラリーマンの電話がつながり、「帰社せずに帰宅する」と伝えているのを耳にし、そちらの公衆電話は故障していないかと列を並び替える。が、結果は同じ。
電話機の故障ではない模様。

【他の利用者との会話2】
その後女性利用者が自宅との電話に成功。「自宅は都内」ということで、都内であればつながる可能性があるのかと他の利用者と話す。

【公衆電話の利用その3 17時18分頃】
並んではつながらずを繰り返すこと数回、訪問予定先企業(人形町)への電話がつながる。

何度か電話をかけ呼び出し音を数分にわたり鳴らした旨を伝えたが、相手は「会社の電話の呼び出し音は全く鳴っていなかった。どこからも連絡が来なくなったので、自分も仕事を切り上げて避難しようと考えていた」とのこと。

呼び出し音は鳴るものの、電話が相手にはつながっていなかったことをこの時に知る。
 公衆電話による家と家族への電話を諦め避難することにした。

【その他】
以上です。
公衆電話が気付かれにくい場所にあったためか、行列ができても2~3人程度。そのため、短時間で何度も電話をかけることができました。

実際に公衆電話を使用して、相手につながるまでに20分ちょっとといったところでした。
他の場所では、列に並んでいる人が多かったためもっと時間がかかったのではないでしょうか。

投稿: やうやく | 2012年2月16日 (木) 18時54分

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