吉村昭さんの「羆嵐」を再読、静けさの中で行われる惨劇
吉村昭さんの小説「羆嵐(くまあらし)」を久々に再読しました。
同作品は、大正4年12月に六線沢(北海道天塩国苫前)で発生した「苫前羆事件」をテーマにしています。「苫前羆事件」は、冬眠に失敗した羆(ひぐま)が開拓村を襲撃し、2日間で6名を殺害するという事件で、”日本獣害史上最大の惨事”らしいです。
小説「羆嵐」は、当時の資料、関係者の話などを元に構成しているため、小説ではありますがドキュメンタリー色の強い内容となっています。
さて、現在でも山で熊に襲われたなどのニュースを耳にしますが、「苫前羆事件」は、人と熊が山の中で偶然出くわすというケースではなく、羆が食糧として人間を狩りに村までやってきます。
( ・ω・) とっても能動的
なわけですね。大正4年の開拓村は、草囲い、ランプ、隣家との距離は近くても数百メートルと、羆に襲われたときの防衛能力というものはほとんどなく、羆に闖入される=死を意味したようです。また、街灯などもないため家と家との間は闇。どこから羆が現れるか分からない状況。
吉村昭さんの「羆嵐」は、そういった状況下で羆に襲われることの恐ろしさ、羆に対する人間の無力さ(個々だけでなく集団でも)といったものを克明に描いています。また、当時の開拓民の生活様式なども交えており、臨場感があり、自分がその村の住人で事件現場にいるかのような錯覚に陥ります。
<抜粋>
中川の家にむかっている足跡を目で追った男の一人が、区長に青ざめた顔を向けると
「みんな逃げたのだろうか」
と、言った。
区長は、こわばった顔を明景の家に向けたまま、
「今、中でクマが食ってる」
と、抑揚のない声で答えた。
<抜粋ここまで>
”今、中でクマが食っている”
シンプルな言葉ですが、それだけに読んでいる方は恐怖感がわいてくるわけですね。
((((;゚Д゚))) ウヒョ~
<抜粋>
男たちは、その言葉に一瞬体を固くさせると、明景の粗末な家に眼を据えた。ランプも薪も消えているらしく、はずれかけたムシロのすき間からのぞく家の内部には濃い闇が凝固している。傍を走る渓流の音と松明の燃えはじける音しかきこえぬ静けさの中で、羆が家の内部の者を食っているとは思えなかった。
かれらは、区長が錯乱状態にあるのではないかと疑った。
(中略)
突然、区長たちの肩が弾むように動いた。音がした。それはなにか固い物を強い力でへし折るようなひどく乾いた音であった。それにつづいて、物をこまかく砕く音がきこえてきた。
区長たちの顔が、ゆがんだ。音は、つづいている。それは、あきらかに羆が骨をかみくだいている音であった。
(中略)
音が絶え、再び渓流の音が沸き上がるようにきこえてきた。
<抜粋ここまで>
この、注意の対象が移り変わっていくような感覚面での描写もすごいです。第三者としての視点なのですが、その場に放りこまれたような感じ。それでいて無駄な装飾のない文章。吉村昭さんの著書を好む理由の1つでもあります。
実際に、事件がどのような結末を迎えたのか? また、事件を引き起こした羆のサイズがどれくらいなのか? については、同作品を手にとって確かめて欲しいので秘密。
羆撃ちの銀四郎の生き様など、感じ入る点は非常に多いので、オススメ度は☆5(満点)。
関連リンク(当時の現場を復元したらしいです)
http://homepage1.nifty.com/~n_izumi/higuma/atochi.html
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